東京で小学校の先生をしていた松岡さんが、瀬戸内海に浮かぶ大三島へ移住し、ハンバーガーのお店『NICE TOUCH BURGER』を開いたのは1年前のこと。どうしてこの島に惹かれ、今どんな景色を見つめているのか。松岡さんの心の変化と、島に流れる穏やかな空気感をそのままお届けします。松岡大介さん:1990年生まれ。東京都出身。大学卒業後、都内で小学校の教員として勤務。多忙な日々の中で自身のライフスタイルや将来の理想の暮らしを見つめ直すようになり、家の近くのカフェとの出会いをきっかけに飲食の道を志すように。2024年4月に祖父母のルーツである愛媛県今治市の大三島へ移住。2025年6月、ハンバーガー店『NICE TOUCH BURGER』をオープン。30歳、生まれてきたこれからの生き方への迷い── こんにちは。改めて、素敵なお店が完成しましたね!以前お邪魔したときは、まだ外構の工事をされている途中だったような……。そうでしたね(笑)。あれからなんとか形にできました。今ではありがたいことに、しまなみ海道を走るサイクリストの方や、海外からの観光客の方もたくさん立ち寄ってくださるようになって。── 確かに、道沿いからも自転車を停めて、気持ちよさそうにハンバーガーを食べている方の姿をよく見かけます。島に新しい風景が馴染んできた感じがして、なんだか嬉しくなります。さて、そんな大盛況の『NICE TOUCH BURGER』ですが、今回の取材では、東京で生まれ育った松岡さんがどうして今治への移住を選んだのか、その心の動きをじっくり伺いたくて。移住を考え始めたきっかけから聞かせてください。松岡さん:そうですね…。前職は東京都内で小学校の教員をやっていたんですけど、年齢を重ねて「中堅」と呼ばれる立場になっていくにつれて、少しずつ違和感というか、不安を覚えるようになって。組織の中で上の立場になって、大人の人に「あれやって、これやって」って指示を出すのが、どうも自分には向いていない気がしたんです。子どもたちに向き合うのとは、また別というか。それに、理想とするライフスタイルとのギャップもありました。いつか家庭を持ったときに、自分の子どもよりも学校の子どもと過ごす時間が多くなってしまう。それは自分の思い描いている「理想の家庭」像とは違うのかもしれないと気付いちゃって。 ── ああ…。先生方は子どもたちが登校してくるより、ずっと早く学校にいなきゃいけないですもんね。松岡さん:そうなんです。仕事だから仕方ないんですけど、「自分の理想の暮らしってなんだろう」って、社会人としての立ち位置ややりたいことを、ちょうど30歳という節目の年齢で立ち止まって考えた時期でした。── ちょうど生き方を見つめ直すタイミングだったんですね。松岡さん:はい。そんなモヤモヤしていた頃に、家の近くのカフェに通うようになって。当時はコーヒーなんて全然興味なかったんですけど(笑)、そこを経営しているオーストラリア人のオーナーさんの佇まいがすごく素敵だったんです。人と人との関わりを、ものすごく大切にしているお店で。通ううちに「あ、この場所すごく心地いいな」って。家でも職場でもない、心がふっと落ち着ける場所──いわゆるサードプレイスですね。こういう場所っていいな、自分も好きなことで人を喜ばせるお店をやってみたら楽しそうだな、って思い始めたのがすべての始まりです。1年間の「自分試し」── そこから「大三島へ行こう」となったのは、何か繋がりがあったんですか?祖父母がこの大三島の出身で、小さい頃から毎年夏になると遊びに来ていたんです。自分にとって馴染みのある、大好きな場所でした。── なるほど、ルーツがある島だったんですね。でも、いくら思い出の場所とはいえ、安定した教員を辞めて移住・開業するとなると、かなりの決断力が必要だったのでは?松岡さん:だから僕、「辞める」って心に決めてから、あえてもう1年教員を続けたんですよ。── え、そうなんですか?松岡さん:この「お店をやりたい」「移住したい」っていう情熱が、もしかしたら一過性のものかもしれない、っていう不安があったんです。だから、あえて多忙な教員の生活をもう1年続けてみて、それでもまだ「やりたい」っていう気持ちが変わらないなら、本気なんだろうなって。自分を試してみたんです。── 自分を試す1年間。その間、気持ちは揺らがなかったですか?松岡さん:全然揺らがなかったですね。ちょうどコロナ禍の時期と重なってしまって、東京から大三島へ頻繁に足を運んで準備することも難しかったんですけど、それでも気持ちが変わることはありませんでした。島の「ゆるさ」が、ちょうどいい── 実際に覚悟を決めて暮らし始めてみて、大三島のどんなところに心地よさを感じていますか?松岡さん:どうしても東京との比較になっちゃうんですけど……やっぱり、圧倒的に時間の流れがゆっくりですね。ここは「島」ではあるけれど、しまなみ海道の橋で繋がっているから、「最終の船を逃したら帰れない」っていう閉ざされた感覚がないんです。本州にも四国にもアクセスが開けているし、近くにコンビニもある。何もない不便さを楽しむような「ガチな田舎暮らし」と比べると、ちょっとぬるい環境かもしれないですけど(笑)、その塩梅が僕にとってはものすごく暮らしやすいんです。── 大三島に移住された方からはよく「時間の流れがゆっくり」っていうことを耳にします。どんな時に実感します?松岡さん:たまに東京に戻ると、本当にびっくりするんですよ。「みんな、何にそんなに急いでるんだろう?」って(笑)。歩くスピードも速いし、すべてが目まぐるしい。大三島は、頭に飛び込んでくる「情報」自体がそもそも少ないから、時間がゆっくりに感じるのかもしれないです。東京にいる時は、看板でもスマホでも、嫌でも情報が脳内に押し寄せてきて、「常に何かしてなきゃいけない」って何かに急かされている感覚があった。それがここにはないんです。ただ、そこに自然があるだけで。どこを切り取っても絵になる、お気に入りの景色── 贅沢ですね……。普段、松岡さんお気に入りの「島の過ごし方」や場所はありますか?松岡さん:大三島って、車でぐるっと1周まわるだけでも、場所によって全然見える景色の表情が違って面白いんですよ。僕が日常的によく行くのは、お店が終わって、片付けもそんなに急がなくていいような日にふらっと立ち寄る、近所のファミリーマートの裏あたり。そこ、海に突き出た小さな堤防があるんです。その先まで歩いていくと、視界がぜんぶ瀬戸内海になって、すごく気持ちよくて。── そこに行って、何をするんですか?松岡さん:うーん、コーヒーを持っていくわけでもなく、スマホを見るでもなく、ただ行って、座って、ぼーっとしてます(笑)。まだ明るかった空が、だんだん綺麗なグラデーションに色が変わっていく。東京にいた頃は、そんな時間、作ろうとしても絶対に作れなかった。こっちに来て、いい意味で「何もやらなくていい状況」に身を置けるようになったのは、本当に贅沢だなって思います。毎日同じような道を走っているはずなのに、毎回「あぁ、今日もいい景色だな」って、新鮮に感動しちゃうんですよね。この島に、カジュアルなカルチャーを── もうすぐお店も1周年ですね。これからこの大三島で、新しくチャレンジしてみたいことはありますか?松岡さん:最終的には、島で音楽のイベントをやってみたいなと思っているんです。大三島って、美術館や建築といった、いわゆるハイカルチャーなアートではすごく有名なんですけど、若い子たちが日常的にカジュアルに楽しめるイラストとか音楽みたいなポップな文化が、もう少しあってもいいなって感じていて。今回の1周年のイベントでも、お店のロゴを描いてくれたイラストレーターさんに来てもらって、お客さんの似顔絵を描いてもらう企画をやります。こういう小さな、自分たちにできることから始めて、島にいる若い人たちが「なんかこの島にいるの楽しそうじゃん」って思えるような、ちょっとワクワクする空気感をこのお店から作っていけたら嬉しいですね。NICE TOUCH BURGER:〒794-1304愛媛県今治市上浦町井口9183-9https://www.instagram.com/nice_touch_burger/